a1.フラワーデモin三重

fl.y3.もう一人の主催者の声・母の花子より①

site up 20210504火

*性被害について記されています。はじめに【主旨と投稿ルールbyゆき花】をご覧下さい。ご負担にならないよう、ご自身の責任でお読み下さい*

*本投稿から、記事の前にも、投稿を読むに当たっての、注意事項を記しました。サイトページに訪問時に読んで頂けるように、左上にも【主旨と投稿ルールbyゆき花】を示していますが、この以前の記事も同様に、ご負担にならないよう、ご自身の責任でご覧下さい。

*もう一人の主催者、母・花子のメッセージ。一部、ゆき花が加筆・修正して書いています。許せないことも、一生懸命だったことも、ありますが、ゆき花自身が、安らいで過ごせることを、一番大事にしています。

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ゆき花さんが、幼少の4歳。長野市の山間部の地域で。保育園からの帰り道。夕方4時頃、二人の男の車に乗せられ、

「あなたの親のことは良く知っている」

と、信用させられ、山の中の林道に連れ去られ…車の中で性暴力をされました。

「誰にも言ってはいけない。言ったら、あなたも、親の命もないぞ」

と言われ、脅されました。

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ゆき花さんは、その後、一人、長いこと苦しみ…23年。27歳の時、信州大学の勉強会、長野の社会福祉の専門学校の授業を通して、いつも頭の中に凍ったまま、フラッシュバックで、よみがえっては苦しめていたものを、漸く、外に、その専門学校の保健師の先生に、言って出すことが出来ました。

先生に話したら、

「誰にも言ってないのなら、お母さんだけは、大丈夫だから、話した方が良いよ」

と言われ、初めて、打ち明け話しました。

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その後も、私と夫と二人で、医者、行政(長野県・長野市・東京)の相談機関等に、相談に行きましたが、誰も、どこでも、真剣に相談にのってくれませんでした。

ゆき花さんが苦しんでいた20歳の頃、相談に行った時と、変わらず酷いままでした。

「性暴力被害は、なしにして、なかったことにして、笑って過ごしなさい」

「性暴力被害なんて恥ずかしいこと、誰にも言わないで、分からないようにして、生きてゆきなさい」

医者は病気扱いでした…。

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長い年月、本人は、辛いトラウマを抱え、勉強だけに集中してきました。でも、性暴力と暴力の辛いトラウマで、人と接するのが怖くて、弱くて、自分を守れなくて、社会に出てゆくことが、出来ませんでした。

性暴力被害、弟の送り迎えと6年間の集団性暴言のイジメ、加害者達の死のトラウマ、k病院の恐怖…性暴力、暴力の辛いトラウマで、人と接するのが怖くて、弱くて、自分を守れなくて、社会に出てゆくことが、出来ませんでした。

20歳の頃、途中で大学を退学したままだったので、30代後半で、東京の日本女子大学に編入学し、卒業しました。2011年3月、東日本大震災のあった時でした。

沢山の人が亡くなりなした。一時、長野に帰っていた時、父親から

「働け!!どうして働かない!!」

と、首繰りを掴まれて捩じ上げられたり、腕をつかまれて、捩じ上げられた利、ガウンをはぎ取られるなど性暴力の脅しまで受け、怒鳴られました。

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トラウマで、人や社会が恐怖で、接せられないことを、理解されずに、言われました。

父親も、そんな暴力した自分に驚いたように、泣きながら、出て行って、一晩、帰ってきませんでした。

こういうことは、それまでも、何度かあったことです。

ゆき花さんは、被害者なのに、加害者のように蔑まされたり、上から目線で言われたり、見られたり。父からも。姉からも。家族だけでなく、親戚や地域の人達でさえも。

性暴力も、そのトラウマも、理解されませんでした。性暴力と分かっても、そのトラウマまでは、理解されませんでした。どこも相談出来るところはなく、ただ、二次加害だけでした。

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その時の、父親のあまりの暴力・性暴力・無理解に、ゆき花さんは、恐怖で、そして、トラウマで人や社会にどうしようもなく恐怖で拒否し・ひれ伏してしまう体を、どうすることも出来ず、絶望的に、そのまま、花子と二人で、四国88ヵ所巡礼に出ました。

ゆき花さんは、30代前半に、1度、車で、逆打ちで、巡礼していました。ゆき花さんは2回目、花子は初めて、車で、逆打ちで、88寺巡礼しました。

その後、二人で、108寺を、逆打ちで、お遍路して歩きました。88ヵ所に、別格20カ所です。四国最高峰の、石鎚山にも登って祈願しました。

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逆打ちをしたのは、お大師さんに会えるという、言われからです。私達は、お大師さんに会う為に、逆打ちをしました。逆打ちは、順打ちの3倍難しく、3倍の功徳があるとも、言われていました。

一歩一歩、ご真言と略神拝詞を唱えながら、108回毎、空を見上げて、お日様に合掌し、手作りのお札を納めながら、歩きました。

四国遍路の最後、高野山に上りました。そして、そのまま、高野山大学で学ぶことにして、4年間、高野山で過ごしました。花子も、途中から、一緒に、高野山で過ごしました。

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高野山の大学で、弘法大師のもと、天照大御神の天石屋戸開きの笑い、理趣経の笑いをテーマに、卒業論文を書き、卒業式には、学長賞を頂き、素晴らしかったです。

高野山で、日記を通して、ほめ日記に出会い、自尊を掴みました。

そして、私達は、お大師さんの教えの尊さを知りました。

高野山では、毎日、お詣りとお写経をしながら、過ごしていました。

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卒業した日に、三重・伊勢に越してきました。皇學館大学で、天照大御神のことを学ぶ為です。

伊勢でも、内宮さん、外宮さんに、毎日お詣りしていましたが、コロナで自粛となりました。

ゆき花さんは、トラウマを抱えながら、しんとく、これ以上はもう限界という、本当に大変な中、大阪のトラウマ専門治療に、奇跡的に繋がれました。伊勢で、やっと・漸く、信頼出来るところに繋がれました。

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昨年2019年4月(ゆき花注:この花子の手記は2020年のものです)、性犯罪・刑法改正で、フラワーデモが東京で立ち上げられ、それを機に、ゆき花さんも、11月11日、三重・津市で、フラワーデモを立ち上げました。

2020年1月、2月には、お大師さんの高野山で過ごしたことから、和歌山でも、立ち上げました。三重と和歌山と、二県で立ち上げることが出来ました(ゆき花注:4月からFD和歌山は、地元の方に引き継ぎました)。

2020年3、4月はコロナウィルスで、自粛となりましたが、5月から、伊勢から、また、初めることが出来ました。

そんな中、三重の地元の人、東京の人、宅建の人達の繋がりを得ながら、今日に至りました。プラカードに折り紙で花をいっぱい飾り、フラワーデモの今日の日を迎えています。

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*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】と同意とします*