e.花咲く春へ♪性犯罪・刑法改正

fl.e. 2019年11月10日(日)❁東京・One Voice フェス参加

site up 20191114木

東京・OneVoiceフェスに参加しました。OneVoiceフェスに繋がったきっかけは、学術会議で宮地尚子さん(医師)がポージャス博士ご夫妻の来日を、ひと言触れて話したことからでした。

来日決定の1年余り前、ポージャス博士の来日を、自身のセラピーを通して、そのレクチャー主催者の方に、お願いしていました(切望)。*ポージャス博士来日を願っていたのは、私だけではないと思います。

ポージャスさんの繋がりがあるのなら、安心だし、安全だろうと、そう思って、OneVoiceフェスに申し込みました。

学術会議からのその間に、母のかかりつけ医の妻さんが、性被害者で自死していたことを知りました。自分を支えていた、何もかもが壊れてゆくようにさえ感じました。

血の気が引いたような、ガクガク震えるような足で、東京のOneVoiceフェスに向かいました。意識は遠くぼんやりとしていました。山本潤さんが話し始めに

「自死した被害者の方々に、お悔やみ申し上げます」

と言ったのを聞き、そこで漸く、人の心に出会ったように、現実の世界に戻されたように感じました。まるで、私のことをどこかで知っていて(=直接その話はしていないのに)、慰めて言ってくれてるようにも思いました。

それまで、誰も、性被害者の自死者のことなど、考えもしないし、気にもとめない、何でもないような世間に、自分がいたことの、その怖さに固まりながら・呆然としながら、過ごしていたように思います。

山本さんのその言葉を聞いた時、やっと、人の心に出会えたように感じました。話しの内容は、大事な内容だったはずなのに、飛び飛びにしか覚えていません。私は、漸く現実世界に戻されたような、目が覚めきれてないような、そんなぼんやりした気持ちで聞いていました。

その後、北原みのりさんと、フラワーデモ長野の呼び掛け人の水野さんがお話されました。それも最初、ぼーっと聞いてました。でも、二人の話を聞きながら、10年間、性暴力被害の為にずっと離れて帰れないままいた長野のことが、急にこみ上げてきました。ただずっと泣いて聞いてました。こんなふうに、性暴力被害で帰れない長野のことを思って泣いたのは、長野を離れて、一度もなかったように思います。ずっとフリーズしたまま過ごしてきたように感じます。

イベントで、初めて、OneVoiceメッセージを書きました。「何を書こう?」と考えて「咲 わらいたい」と書きました。「みんなと、安心して、心から」「咲=笑と同じ」とも。大学院の研究テーマでもあります。Springのフリーズから花咲く春のイメージとも重なるようで、その言葉にしました。写真を撮って、なにか一緒に参加出来たような、ひと安心した気持ちになりました。顔出しで写真を撮りました。フラワーデモはまだ参加していないのに、そこだけは何か堂々とした気持ちでいたいように思いました。

OneVoiceフェスの後、フラワーデモ長野の水野さんとお話しして頂きました。何を話したんだろう?フラワーデモの場所の申請とか?東京駅で、おススメのかりんとうを買って、私はぼんやりと帰路の東海道新幹線に乗り、伊勢の自宅に着いたのは、23時近くでした。

帰ってからお風呂に入って、まだ、フラワーデモが出来るとは思いませんでした。でも、プラカードを作ってみようと思いました。フラワーデモを出来るか出来ないか、分からないけれど、プラカードなら作れるし、楽しそうだと思いました。作りながら、ラミネート加工、テプラはどうする?津駅の出口はどちらがメインなのだろう?警察にはどういえばいい?Twitter(使ったことない!)は、どう発信すれば良いの??…気が付けば朝5時近くになっていました。

フラワーデモみえは、そんなふうに立ち上げられました。

*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】に同意とします*