a1.フラワーデモin三重

fl.a1. 2019年11月11日(月)❁フラワーデモみえin津❁②初スタンディング

site up 20191114木


スタンディングして、気持ちが楽になりました。

性暴力のせいで、私は今までずっと、一人ぼっちできたけれど、私は今、どこかで誰かと一緒に、フラワーデモをしているんだ、というホッとした気持ちでいました。

昨日のOneVoiceフェスの東京で会った人達とも。長野や、隣県の名古屋や奈良とも。私は、フラワーデモを通して、一緒にいるのだと思えました。

Twitterで一人、駅前で一人、フラワーデモみえに、声を掛けてくれた方がいました。声を掛けてもらえると思わなかったので、嬉しかったです。

何となく、目を向けていってくれる人達も、結構いました。

どんな言葉に反応しているんだろう?と思いました。

#MeToo かもしれない。

「女性も。男性も。性あるみんなの問題」

この言葉のようにも思います。

私が向こう側の人間なら、目もくれずに行ってしまいそうなのに。世間はもっと冷たい気もしたけれど、結構、地元の繋がりは温かいのかもしれない、そんなことも思いながらいました。

神宮の地の三重で、その大学で、身をおく自分としては、大多数に反することをしているような、性暴力について、ずっとそんなふうにいたように思います。

フラワーデモが始まって、9月の大学院の発表に、日本女子大で扱った、少女の性暴力被害を描いた、大正時代の小作品から発表しました。女子大では「元始女性は太陽であった」の平塚雷鳥らの青鞜の女性文学、女性運動を専攻していました。フラワーデモは知っても、参加は出来ずにきたけれど、自分のせめて出来ることをしようと思っての発表でした。今のテーマは岩戸開き神話の笑いだけれど、日本女子大からずっと、「女性は太陽」「日本の太陽は女性」というテーマも、その根底にあった性暴力というのも、変わらずにきました。

もしかしたら、大学にいられなくなる程に、孤立させられてしまうかもしれない、と思いました。

それでも、私は、性暴力の問題で、こうして、全国の人達と、神宮の三重の地で繋がれることが、嬉しかったです。天照らす女神さまは、その人の繋がりにこそ、いてくれるように思いました。

ただ、プラカ持ってた立つだけなのに、いろんなことに気遣いました。

でも、三重、伊勢から立ち上がれたことは、きっと全国の力になるよ、と思いながらいました。日本の太陽神である女神を祀るとはいえ、男尊女卑と男性崇拝の象徴のような皇室の、その神宮の地の、三重の伊勢の、皇學館大学の、私が立ったのだから。私はだって、神宮の、日本の、一番の、天照らす女神の岩戸開きの笑いをテーマにしているのだから。だからこそ出来たのだし、意味があるのだから…と、ここは少し自負して思うことにしています。

冬から春まで、フラワーデモの2県(三重、和歌山)での開催と、ちょうどCPTの治療の大変な時と、そのぶり返しの鬱と、修論の先延ばしなど、大変なことが重なりました。

でも、この地で、その問題から目を逸らしては、性暴力、それを生み出す性差別の、その根本的解決には向き合いきれない、と思います。その性暴力と、それを生み出す、伝統・慣習にある性差別の現実に、向き合ってこなかった結果が、私が受けたような、母の入院の際の、医療行政の信じ難く時代遅れな非人道的な処遇と、身近な近所にいた、性暴力被害者の自死者なのです。

私一人でその大きな問題を解決する力はないし、心細くいましたが、フラワーデモを通して、そういう問題を、案外シッカリ考えてきた人達が、昔から地元にもいることを知りました。そういう人達に出会えて、良かったです。

終えた後、駅前のミスドでお茶をしました。そして、「頑張った自分を労わろうね」とツィートしました。何人か、いいね♡してくれて嬉しかったです。

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