a1.フラワーデモin三重

fl.a1. 2019年11月11日(月) ❁フラワーデモみえin津❁①スタンディングまで

site up 20191114木

昨夜、東京から帰って、明け方まで寝ずに用意していました。

サイトで調べて、警察に電話しました。サイレント・スタンディング、今日の人数は、おそらく、私と母の二人だけであること、などを伝えました。そのような形なので、届け出は必要ないと言われ、ほっとしました。

それから、ドキドキしながら、Twitterに初投稿しました。

自分が、どうしてこんな行動が出来るのか、不思議でした。勇気というより、それをしなければ、自分も近所で自死した性被害者のように、追い詰められてしまう、そういう思いだけで行動していました。

追い詰められるというのは、自死か、生き殺しという意味です。3年程前の母の入院の際、m病院、ⅱ日赤、伊勢市の介護支援課の社会福祉士、保健師、看護師達の、信じ難い非人道な介入に、私も母も父も、傷付いていました。こちらの話す中からごく一部を、自分達に都合良く、ピンポイント拡大解釈をしたのです。人間狩り、魔女狩り、かつての障害者狩り、ハンセン病者狩りを思う猪突猛進な乱暴さでした。

医者に性暴力についての事情を話した時も、反応悪く、痛い思いをしました。心も体も痛いのだというのは、今のトラウマ治療を通しての理解です。

こういう地域の身近な近所で、性暴力被害者の自死者が出るのも、当然だと思いました。その自死者の遺族もまた医療者でした。

今もそれに触れて書こうとすると、トラウマ症状で、心も体も辛くなります。

約束もなく3人以上で押し掛けてきたり。

家の周囲を監視するようにうろついたり。

呼び鈴を何度も押しながら、壁をドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッと、力強く遠慮なく叩いて、

「○○さああぁぁぁーーーーん!!〇〇さああああぁぁぁーーーーーーん!!!」と、大声で呼び叫んだり。

「介護支援が必要なら、こちらから連絡しますから」と言っても無視して、叩き続け、大声で呼び込んでいます。

大声で呼び叫び、ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッと家を叩く音に怯えながら、関西の先生に電話していました。先生も、その様子に驚いて、話しを聞いてくれて、必要な対応を言って下さいました。

それを察したかのように、その人達は、帰って行きました。

また、私の知らないところで、父が病院に呼び出され、6-8人対父一人という、これも信じられない、抑圧的・脅迫的な対応をされていたことを知り、恐ろしく思いました。父が泣きながら「言っても分かってくれない」と言っている意味が分かりませんでした。

そもそも、母の手術の執刀医には、リハビリ入院(m病院)は、必要ないと言われていたけれど、大きな手術をした後に、大事を取っての入院だったのに、です。行政から国への不正な介護請求で問題になっていた頃ですが、そういうことをしているだろうと、こういう現実から思われました。

そのように追い詰められてしまうだろうと、思われたからです。

もう一つ、その自死した性被害者のお宅が、自分を支えてきた、お詣りの道にあったことも理由でした。自分の支えが、何もかもが壊れてゆくようでした。

私は、私の尊厳を守る為、私の命を生かす為に、人の繋がりを求めて、三重でのフラワーデモを立ち上げました。

東京のフラワーデモの時間に合わせました。

津・津駅は2度目でした。立ってみて、楽な気持ちになりました。私はもう、一人じゃない、と思えました。全国のどこかの誰かと繋がれているんだと思えて、ほっと出来ました。

そして、性暴力に何の救いもなかった長野の頃から、ずっと自分を支えであったお詣りの道の、神宮の伊勢の三重で、性暴力被害のスタンディングを出来ることが、嬉しく誇らしいような気持でもありました。

その日は、性暴力被害者の故人の分の花を持って立ちました。

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